桜のいのちと・私のいのちと

 

たにしの楽校の時計は、前まですべて止まっていて、4年前に体育館の時計を掃除し電池を交換してあげました。いのちを吹き返したように、今はきちんと時を刻んでいます。

 

 

また、教室には卒業記念製作でかつての生徒が作った時計があります。春になったらまた電池を交換してあげたいと思っています。

 

 
長年時を重ねた静かな校舎の小さな時計たちを見ていると、私たちにいのちと時の関係を語りかけているかのように思えてきます。

 

 

私たちのいのちには期限があります。校庭にみんなで植えた桜の木も、きっときれいな花を咲かせてくれると思いますが、やがて老いていきます。植物も動物たちも、お魚も私たちも、みんな大切な同じ期限つきでいつかは終わるいのちです。

 

 

 

 

しかし、私たちのいのちとは関係なく、時はながれ、社会も経済も止まることなく進んでいきます。そして、私たちは世代を変えて新たないのちを繋いでいく。

 

だれもが学び舎で過ごし、巣立っていく。あたりまえのことではありますが、その時を見守ってきた校舎の時計は、時といのちを象徴する物としてとても意味深な存在に思えてきます。

 

 

 

 職員室の時計も水道も止まったままでした


“生まれるいのち”と“消えていくいのち”。
 

ゼンマイ式時計はネジを巻かずにおくと止まり、電池式時計は電池がなくなると止まります。(今は太陽光発電式で止まることを知らない時計もありますが…。)

 

時計とは違い、私たちは自分でネジを巻き、電池を変え、いのち続く限り精一杯生き、次の世代へ、なんとか良い社会や地域を引き継いでいきたいものです。

 

 

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